フォーカル・ジストニアの治療法 その2

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経験から理解したこと

 

わたしはクラシックギターを弾いていましたが、2010年からジストニアの自覚症状が出ました。

フェルデンクライス・メソッドを勉強しながら、リハビリを続け、3年半後には病気が完治しました。

参考記事:ジストニアが治るプロセス (演奏動画も載せています。)

 

ジストニアが治ってからは、そのプロセスを少しウェブにアップしていたのもあって、インターネット経由で訪ねてこられた、たくさんの方にジストニア治療のレッスンをしてきました。

自分の症状だけでなく、他人の症状も見ていく中で、多くの発見がありましたし、ジストニアへの理解も大いに深まりました。

今回の記事では前回の記事 ~フォーカル・ジストニアの治療法~で、わたしの理解が浅かったために触れられていないものについて、詳しく書いていきます。

 



 

ジストニアはそもそも病気なのか?

 

わたしはフォーカル・ジストニア(書痙などを含む)は病気ではないと考えています。

「病気」の定義づけが難しいのですが、病気と診断されると「異常」であり「正常」ではないかのように感じてしまいます。

しかし、ジストニアの本質は「学習」です。

 

人間が随意運動をする時、実際に何が起きているかというと、脳からの指令が電気信号として運動神経を伝わり、最終的に筋肉を緊張させています。

この仕組み自体は、ジストニアの人もそうでない人も同じです。

「電気に反応して筋肉が緊張する。電気がこないと弛緩する。」です。

わたしのプライベートレッスンの生徒で、そもそもの運動神経がなんらかの理由で死んでしまっている方(病院での診断結果)がおられますが、その方の動きはジストニアの人とは明らかに違います。

力をいれようとしてもいれられない、ダランと弛緩したままである体の部位が見られます。

その特定の筋肉は、どんなに条件を変えようと決して動くことはありません。確かに神経が通ってない様が見て取れます。

 

しかし、ジストニアの人の動きは、不必要な部位まで緊張してしまって、意図通りに動かないだけで、神経が通っておらず筋肉が弛緩してしまうものとは違います。

ですから、私自身の経験に照らし合わせても納得がいくのですが、ジストニアの人は「正常な生体構造を持ってはいるが、異常な学習をしてしまった人」と言えるのではないでしょうか。

もしなんらかの病気であるならば、菌やウイルスを特定でき、実際に破壊されて機能しない組織が見つかり、休息することで自己回復機能により癒される筈です。

しかし、ジストニアはほっといても治らないですし、肉体的に全く健康な人に発症します。

 

言うなれば、ジストニアは非常に強く学習し過ぎてしまった「動きの習慣」なのです。

 

 

習慣を変える?

 

もしジストニアがいわゆる「病気」ではなく「学習した習慣」であるならば、その習慣を変化させられればジストニアも治療できることになります。

ここで私の幸運は、奇しくもジストニアが発症した時期に、フェルデンクライス・メソッドを勉強していたことにありました。

フェルデンクライスメソッドは、まさに人間の習慣を取り扱うもので、

「人間は生まれてからずっと学習し続ける存在で、学習をやめてしまうと習慣が強まり過ぎて、最終的には機能を損ねてしまう」ことを主張していました。

また習慣をいかに変化させるかの具体的な方法について、モーシェ・フェルデンクライスが何百通りものレッスンを考案しました。

それらは全て科学的な論拠に支えられていて、非常に汎用性が高いものです。

フェルデンクライス・メソッドについて

 

わたしは、フェルデンクライス・メソッドが万能だと考えているわけでは決してありませんが、ジストニアが習慣であるならば、まさにその習慣を変化させるための方法論、すなわちフェルデンクライス・メソッドを学ぶのが非常に効果的だと考えています。

そういうわけで、わたしのところにくるジストニアの方には、理論的な背景も深く理解するために、フェルデンクライス・メソッドを勉強してもらいます。

 

 

特に理解すべき話

 

フェルデンクライス・メソッドの理論的背景の中でも、特にジストニア治療に必要な話を紹介しておきます。

実際のジストニア治療レッスンでは、以下のような理論やフェルデンクライス・メソッドの動きを元に、人それぞれ、時におうじて必要なリハビリ方法を考えていきます。

 

1.人間の体は有機体である

 
有機体とはなんでしょうか?英語で言うとOrganizmで、オーガニックの語源です。

オーガニックと言われると、なんか健康そうなイメージを持たれるでしょうか?

実は、そもそもオーガニック、つまり有機的なものとは、小さなシステムが大きなシステムを構成している様を言います。

 

例えば、自然や宇宙は顕微鏡で見てもそこにシステムが見られますが、視点を拡大していくと、小さな命が大きな命の構成要素になって、全体を機能させています。

人間の体も、臓器(Organ)は一つ一つ別々のシステムをもって機能していますが、それが寄り集まって、人間全体を機能させます。

さらにその人間が集まると、企業をつくり、社会をつくり、国を機能させます。そういう意味では、企業も、社会も、国も立派な有機体です。

顕微鏡で見ると、細胞ひとつから立派な機能を持ったシステムとして完成しているのに、それらが60兆個も集まって、一人の人間を成り立たせているのです。

 

椅子やテーブル、電柱やビルはそうではありません。

それらの構成要素は、単純な物質であり、目的や機能を持つシステムではありません。

ですから、椅子の足が壊れたら、その部品だけを取り替えれば直ります。

それぞれの部品は互いに物理法則以上の関連性はありませんし、新たに生まれたり、自己回復や自己保全したりしません。

 

有機体の特性について話し出すと、枚挙にいとまがないのですが、ここで最も重要なものは「有機体の構成要素はお互いに影響しあっている」ということです!

もしも月が急に宇宙からなくなったらどうでしょうか?お互いの引力で絶妙なバランスを保っているのが、上手くいかなくなり、宇宙全体の様子が相当に変化してしまうでしょう。

またもしも海からマグロがいなくなったらどうでしょうか?それはマグロだけの問題ではなく、他の生態系にも影響を与える筈です。(私たちの生活にも影響が出ますね!)

そんなふうに、人間の体もそれぞれの器官がお互いに関係しあって、常に影響を与え合っています。

 

ですから、ジストニア治療に際して、問題の部分だけに目をとめていてはなかなかうまくいきません。

全体が部分に影響し、部分が全体に影響しています。そんなわけで全体から変えていく必要があります。

フォーカル・ジストニアを治したいのなら、焦点(Focal)ではなく周辺(Peripheral)に視野を広げていきましょう。

 

2.筋肉の特性

 
筋肉には二つの状態しかありません。緊張と弛緩、OnとOffです。

OnとOffの機能しか持たない単純なものが、様々な方向についているので、人間は複雑に動けるのです。

Offの筋肉しかOnにできませんし、Onの筋肉しかOffにできません。

 

この知識は思ったよりも重要で、何をするにも筋肉が弛緩している分しか動けないと悟るべきです。

ねた状態で、立った状態で、座った状態で、すでに緊張している筋肉が増えれば増えるほど、可能な仕事量は減ります。

これは物理法則です。

ですから、フェルデンクライス・メソッドのレッスンを用いて、リハビリの第一段階としてリラックスできるようになりましょう。

別にこれはリラックスできるなら、アロマテラピーでも鍼灸でも、温泉でもなんでも大丈夫です。(しかし、リラックスしただけではジストニアは治りません。)

ジストニアの人は、常に筋肉を緊張させている人が多いので、まずは力の抜けた状態を感覚的に学びましょう。

 

3.主動筋と拮抗筋

 
またもや筋肉の話ですが、これも非常に重要です。

人間が動く時、ほとんど必ず緊張する筋肉の反対側に伸びる筋肉があります。

動作に際して、緊張する筋肉を「主動筋」、引き伸ばされる筋肉を「拮抗筋」と言います。
 
(参考図 黄色丸:主動筋、青丸:拮抗筋)

 

実は、主動筋だけでは動きをコントロールすることができません。

拮抗筋がちょうどいい具合に抵抗してくれるので、主動筋とバランスを取り、動きの質をコントロールすることができます。

考えてみれば当たり前の話ですね。引っ張る筋肉があれば、それに抵抗する筋肉がないと、動きは全て急なものになってしまう筈です。

ですから、動きの質、すなわちコントロールを増そうと思うならば、主動筋だけでなく、拮抗筋を意識する必要があります。

そんなわけでわたしはジストニアのリハビリで生徒に、よく問題の動きとは反対の動きを訓練させます。

 

4.意識の重要性

 
意識はとても不思議です。科学でも全く解明が進んでいないブラックボックスだそうですが、音楽家やアスリートなどであるならば、意識の重要性は誰でも知っています。

自分の動きをどう意識するかで練習の効率が全く変わってくるのです。

(ちなみに、意識は物質(肉体)の状態の結果であって、結果(意識)が原因(肉体)に影響力を持つことはありえない筈なのに・・・、という矛盾が未だに脳科学でも解決されてないそうです。)

 

もしも意識せずに、反復動作だけで勝手に動きが洗練されていくならば、歩行や歯磨き、階段の上り下りなど、毎日している動作は日本国民全員が達人になっていないとおかしいでしょう。

そんなわけでジストニアのリハビリも、無意識にでもこれさえしていれば治る!というような処方箋的な動作はありえません。

新しい習慣を、すなわち新しい神経経路をつくるためには、自分が何をしているのか、また何を感じているのかなど、意識して味わう必要があります。

間違えやすいですが、この意識は、意志の力や知性とは全く関係がありません。

理知的な頭で考えるのではなく、子供の時に自分を感じていた「あの感覚」です。

 

5.動きの質

 
フェルデンクライス・メソッドで学ぶ「良い動き」とは「自由な動き」です。

非常に乱暴にまとめて言ってしまうと、

「どの瞬間にも止められ、いつでも逆方向に動かせ、ゆっくりとなめらかな動き」です。

 

遠方からの生徒に宿題を出すと、常につきまとう問題がこれです。

生徒は先生から言われた通りの動きをやってきたつもりが、先生から見れば全く異質な動きをしていることがよくあります。

試しに目を水平に、左右に動かしてみましょう。

ゆっくりとなめらかに動かせるでしょうか?点から点へとぴょんぴょん飛びませんか?

ジストニアのリハビリにおいて、重要なのはWhat(何を)よりもHow(どのように)です。

言われた動きを自己観察なし繰り返すだけでは、習慣を変化させることはできません。

 

6.セルフイメージは動的なものである

 
人間はどんな瞬間も動いて、すなわち、筋肉を一定のパターンで緊張させたり弛緩させたりしています。

たとえ仰向けになって休んでいても、様々な筋肉が働いています。

実際にフェルデンクライス・メソッドのレッスンを受けた多くの方は、レッスンの最初と最後で自分の寝方が全く変化することに驚かれます。

仰向けになって休んでいる=全ての筋肉がリラックスしている、ではありません。

仰向けの状態でもそうなのですから、立ったり、座ったりした状態では、ますます色んな筋肉が無意識に働いています。

 

そういうわけで、ジストニアのリハビリに際して、問題の部位だけを動かして、他の部位は何もしないというのは現実的ではないイメージです。

様々な部位の筋肉が働いていて、その上で、指などの小さな部分を動かしていることに気付くべきでしょう。

 

この知識を活かす方法として、他の部分を動かしながら、必要なリハビリの動きをするというアイデアがあります。

同時に動かすリハビリです。

これは非常に効果的な場合が多く、コーディネーションがリセットされ、症状が劇的に改善されることが多いです。

 

仰向けに休んでいる時には完全なセルフイメージも、ピアノの前に座る時だけ、また特定の指で特定の鍵盤をおさえる時だけ、欠損してしまうことがあり得るのです。

(セルフイメージについてはこちらの記事を参考にして下さい。)

 

 

今までの成果

 

正直に書きますと、今までわたしの所に来られた方で、わたしが経験したレベルまで完全にジストニアが治ったという人はおられません。

 

もちろん、レッスンに来られた全員がある程度から大幅に改善しています。

気休めではなく本当に大幅な改善が見られます。(演奏家でプロオーケストラに復帰された方も何人もおられます。)

それでもわたしのように、完全に以前の束縛から解放されて、今は何の弾きにくさも感じないという方はおられません。(完治したと仰った方は何人かおられたのですが、しばらく経つとまた何かに悩んでおられるようです。)

 

原因としてはいくつか考えられます。

 

1.お互いの感覚を理解し合う難しさ

これが大きいでしょう。

同じジストニアとは言え、他人の体のことですから、症状もリハビリの感覚も同じではありません。

わたしにとっては当たり前のことが、生徒にとっては当たり前でなかったり、その逆もあったりで、なかなか伝わらないことも多いです。

特に自分の体に対して、感性が育っていない方だと、右腕が左腕より長くなるなどの事実を見ても、自分の変化を信じられない方がおられます。

そうなると、ジストニアの治療はその人自身の感覚だけがより所なので、わたしとしても助ける術がありません。

そして、何がその人の感性を鈍らせているのかを理解するのは非常に困難です。

それでも、常々理解しようと全力を尽くしています。

 

2.プライベートレッスンの欠如

フェルデンクライス・メソッドのグループレッスンには定期的に通う方でも、プライベートレッスンはあまり受けられない方がおられます。

リハビリ方法は自分で考えるという決断は尊重しますが、自力で具体的なリハビリ方法を考案するのはほとんど不可能だと思います。

わたしの場合も幸運が重なって、たまたま見つけられたのであって、自分の力で思いつけたわけでは全くありません。

しかも、それでも演奏活動への復帰まで3~4年、完全に新しいテクニックの習得には8年かかっています。

今までも劇的に症状が改善していった方は、全て個人的な時間を十分に取って、具体的なリハビリ方法をその都度その都度、一緒に考えていった人ばかりです。

 

また反対にプライベートレッスンだけで、グループレッスンは受けないというのも、時間的、経済的効率が悪いのでお勧めできません。

 

3.精神的に変化できない

ジストニアになる前の生活に戻れば、非常に高い確率で症状が戻ってきます。

せっかく完治しても、考え方ややり方が変わっていないのであれば、元の木阿弥でしょう。

具体的には、ストレスの強い環境に戻ったり、以前と「全く同じ感覚」を取り戻そうとしたり、特定のアイデアだけ受け入れようとしなかったり、です。

 

これらは全てわたしが失敗してきて遠回りした道ですので、今からリハビリする人は同じ失敗をする必要はありません。

精神的なものは、間接的ではありますが、ジストニアの治療にとっーても関係が深いです。

 

4.本気で取り組んでいない

モーシェ・フェルデンクライスの考察は、掛け値なしに当時の100年先をいっていました。

今でこそ理解されてきて、医学の教科書で紹介されるようになりましたが、それでもなかなか常識からすると受け入れがたいアイデアがたくさんあります。

そういうことも相まって、話半分に聞いてしまいがちです。

 

わたしの生徒とのやり取りでも

 

わたし「非常識な方法かも知れませんが、実際、効果がありましたよね?」

生徒「はい」

わたし「じゃあなぜ取り組まないんですか?」

生徒「うーん、なんか・・・その・・・」

わたし「今までの練習を続けても症状は良くならないですよね?」

生徒「はい」

わたし「じゃあなぜその上手くいかない方法を続けるんですか?」

生徒「うーん、その・・・」

お互い「笑」

 

というようなやり取りが何回もなされます!

しかし、責める気持ちは全くありません。・・・だってわたしもそうでしたから!

 

いわゆる、正しいフォームや正しい奏法などをいくら追求してもジストニアは治りません。

ジストニアを完治させたいなら、いったん今までの正解や、常識的な感覚を捨てましょう。

 

ジストニアを完治させるには

 

わたしは、ジストニアを治そうとして色んなことを勉強していく内に、ジストニア治療の本質が「変化」であることに気付きました。

今までの自分の考え方や価値観、文化はちょっとやそっとでは変わりません。

しかし、もし必要に迫られる(ジストニアを治したい)なら変化を受け入れなくてはいけません。

 

世界には様々なことばがあります。

日本語、英語、中国語など、話す言語はもちろん、美術や音楽、ダンス、数学や幾何学、建築やファッション、料理なども、論理構造を持ったことばです。

ほとんどの人は、私も含め、育っていく中で親や教師から教わったことばしか理解できません。

しかし、繰り返しになりますが、もし必要に迫られるならば新しいことばを学びましょう。

わたしはジストニアを治すプロセスで、医学の理解、人体構造の理解、人とのコミュニケーション、音感、生活習慣、価値観などの抜本的な変化がありました。

 

自分が信じ込んでしまっているものを横に置いて、事実を丁寧に見て、リハビリ方法をその都度考えていける人は、必ずジストニアを完全に克服できるでしょう。