It is very important to realize that incompetence does not mean lack of the essential action for achieving the end, but consists largely in enacting unnecessary, parasitic acts.

これは気付くべき大事なことです。

できないのは、目的を遂行する動きがないからではなく、不必要で寄生的な動きがあるからです。

引用著作 : The Potent Self – p106

Enokuからの解説

マリオカートというテレビゲームを知っておられるでしょうか?マリオというキャラクターがゴーカートのような乗り物にのって、コースを走る速さを競うゲームです。

わたしは小さい頃にこのゲームで遊んでいて、急カーブを曲がろうとして曲がり切れない時、ついつい頭と体を横に傾けてしまった記憶があります。

指先でボタンをおすことでしか、画面の中のゴーカートはコントロールできないのですが、それでも考える前に身体が動いてしまうのです。

実はこれがモーシェの言う「寄生的な動き」です。

わたしは目的(画面中のゴーカートでカーブを曲がる)に対して、不必要な動きをしていました。

それは、それ以前の身体的体験によって学習した動きで、「指先でコントローラーを操作する動き」に寄生している動きと言えます。

そして、これはマリオカートで遊ぶ時のみならず、日常のどんな機能の動きをとっても、同じように起こり得る現象なのです。

動きの学習とは、この寄生的な動きを、必要な動きと区別して認識していくことに他なりません。

これをフェルデンクライス・メソッドの用語では「分化」と言います。また分化された機能は、自然にうまく一緒に使えるようになります。

それを「統合」と言います。「分化と統合」はフェルデンクライス・メソッドの核をなすアイデアです。

どの分野でも、名人と言われる人の動きは、単純で無駄のないものでしょう。

わたしたちも自分の動かし方について、名人になれます。

その際、習慣的で寄生的な動きが、どれほど体の問題をもたらしていたのかに気付き、きっと驚かれるでしょう。

さらに驚くべきことに、動きだけでなく、思考、感情、感覚といった人格全体に対しても、「分化と統合」の原理は適用できます。

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