I have deliberately avoided answering the whys. […]

In science, we really only know how.

なぜ?の問いにはわざと答えていません。

科学はどのように?の問いにしか、本当には答えられません。

引用著作 : The Elusive Obvious – p9

Enokuからの解説

現代では科学がすさまじい発展を遂げ、わたしたちの社会全体を支えています。

まるで科学には限界がないかのように感じますが、科学では「How=どのように」には答えられても「Why=なぜ」には答えられません。

例えば、なぜ男性は女性が好きなのでしょう?子孫を残すためでしょうか?

それでは、なぜ子孫を残すのでしょう?種族の繁栄のため?

では、なぜ種族は繁栄しなくてはいけないのでしょうか?

・・・生命の理について、科学は最終的に答えることができません。

また、例えば、電気がどのような性質のもので、どのように利用できるかについては多くの人が答えられますが、電気がなぜ存在するのかについては誰も明確な答えを持っていません。

同じように、モーシェはフェルデンクライス・メソッドを用いて、人間がどのように機能するのかについては説明できるが、なぜそのように機能するのか、なぜそのような存在なのかについては答えられないと言ったのです。

哲学者のルードヴィヒ・ウィトゲンシュタインは「語りえぬものについては沈黙しなければならない」と述べましたが、私たちのお師匠もそのような真摯な態度を貫きました。

師匠がそうであるのですから、生徒である私たちもそのように振舞うべきでしょう。

よく混同されがちですが、フェルデンクライス・メソッドは形而上のものを扱う宗教ではありません。

「Elusive Obvious」はモーシェの生涯最後の著作ですが、彼は最後まで科学者であり続けたのです。

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