完全に治るのか?

音楽家のジストニアは完全に治ります。

ある程度改善するのではなく、弾きにくさが「完全に」なくなる方法があります。

順を追って詳しく説明しましょう。

この記事は、わたしが10年以上かけて独自に研究してきたことを、できるだけわかりやすく、論理的な表現になるよう努めて書いたものです。

しかし、ジストニアのリハビリは、エビデンスが求めにくく、定量化が極めてむずかしい「感覚」を扱うものです。それなので、現在の医学ではまだ、わたしの主張する内容の真偽を判別できないでしょう。

近い将来、わたしの体験が科学的に証明され、音楽家のための医学の発展に少しでも寄与できるならば、これほど嬉しいことはありません。



音楽家のジストニアの診断

まずは自分が「音楽家のジストニア」かどうかを確かめましょう。

ジストニアとは、脳神経に機能異常が生じ、本人の意思に反して筋肉が縮こまったりこわばったりする病気です。

その中でも、長期間にわたる精度の高い反復動作が原因になっているであろうものを「職業性ジストニア」と呼び、音楽家のジストニアはこれに当たります。

確かめる方法としては、病院で診断してもらいましょう。国家資格をもつ人、つまり政府が認めた権威にジストニアを認定してもらえるということだけですが、誤診の確率は一番低くなるのでしょう。

ただわたしは、ほとんどの音楽家は自分が職業性ジストニアかどうか判断できると思います。

以下参考までに、「音楽家のジストニアの診断を示唆するもの」と「音楽家のジストニアに合致しないもの」のリストを挙げておきます。

音楽家のジストニアの診断を示唆するもの

  • 指のコントロールの障害、演奏困難、速度が遅くなる。
  • 演奏を始めるとすぐに症状が現れる。
  • 楽器場ではなく机の上や空中などで同じ動作をすると、症状が弱まるか消失する。
  • ある特定の動作や身振りをした時のみに問題が起き、似た動作や身振りをしても問題は起こらない。
  • 休憩をとっても症状はおさまらない。
  • 毎日ほぼ同じ症状が現れる。
  • 長期間、症状の特徴はほとんど変わらない。また、他の疾患を示唆する新しい症状はない。

音楽家のジストニアに合致しないもの

  • 振戦、硬直、疲労、明らかな筋力低下、感覚障害。
  • 筋肉の共収縮や無理な身振りと関連しない疼痛。
  • 演奏開始後しばらくしてから症状が現れる。
  • 少し休憩すると症状はおさまる。
  • 演奏とは似ていない動作や身振りをした時にも、同様の症状が現れる。
  • 休憩中や睡眠中にも症状がある。
  • 最初から両手同時に症状が現れた。

引用文献 ジャウメ・ロセー・イ・リョベー. どうして弾けなくなるの?-<音楽家のジストニア>の正しい知識のために-. 音楽之友社, 2012, p.59-60

自分が音楽家のジストニアであるとわかれば、次はそれに対してどう対処するかを考えねばなりません。

可能性として三つあります。

ジストニアへの対処

1.演奏家としての活動をあきらめ、新しいことをスタートする。

まずはこの選択肢を真剣に考えてください。

ジストニアの克服は、諦められるなら諦めた方がよいです。

ジストニアのリハビリに取り組んだとしても、完治するまで最短でも何年もかかります。場合によっては何十年も費やす、と言いますか、ほとんどの人は完治しません。

もしも奇跡的に完治して、元通りに弾けるようになったとしても、それはゴールではありません。そこからまた演奏家としてのキャリアを再スタートするのです。

膨大な時間と労力をかけた上に、何度も期待が裏切られる絶望を乗り越えて、得るものはなんでしょうか?

その時間を使って、別の分野に打ち込んだ方が幸せになれる確率が高くないでしょうか。

ロベルト・シューマンはピアノが弾けなくなったので、作曲家になりました。ジャンゴ・ラインハルトは火傷で指が動かなくなったので、新ジャンルを開拓できました。

私の意見では、演奏家になるまでの修練は、どんな分野の基準から見ても並外れたものです。その訓練を受けた経験は、何をするにしても強い武器になるはずです。

ジストニアを克服しようとすれば、膨大な労力と時間がかかります。幸せな人生のために、諦められるなら、できるだけ早いうちに諦めましょう。

2.ジストニアと上手く付き合っていく。

手に負荷がかかるような曲をさけて、なんとか弾きこなせる曲を弾いていくのも一つの手です。

すでにファンがいる演奏家の場合、病気を公表しつつ、活動を続けていかれるケースもあります。

レオン・フライシャーは有名なピアニストでしたが、キャリアの途中でジストニアになってしまいます。指が完治することはついぞありませんでしたが、彼の晩年の演奏には言葉に表せないものがあります。

結論を出さずとも、人生は進んでいくものですから、どこかで予期せぬ何かが起きるかもしれません。

ただしジストニアは自然治癒しないと知っておきましょう。

レオン・フライシャーほどのピアニストならば、世界中から助けを得られたでしょう。それでも完治はしませんでした。

完治しないのは覚悟の上で、ジストニアと上手く付き合っていく道もないわけではありません。

3.本気でリハビリに取り組む。

たとえ可能性が低くても、完治することにかけてみたい人は、ジストニア治療に取り組みましょう。

最も有効な治療法として、脳に再学習させ、新しい神経回路をつくる神経リハビリテーションが挙げられます。

と言いますか、他の治療法はおすすめしません。薬などの対症療法は根本的な解決にならないのは言うまでもありませんが、外科手術にしても、電気で脳の神経細胞を破壊したり、脳内に電極を埋め込む方法が好ましいとはどうしても思えません。また、そのような方法でジストニアを完全に克服した人をわたしは知りません。

“今までに一部の音楽家で演奏能力を完全かつ恒久的に回復することを可能にした治療法は、科学的または直観的に神経リハビリテーションの手法に従っている治療法のみである”

引用文献 ジャウメ・ロセー・イ・リョベー. どうして弾けなくなるの?-<音楽家のジストニア>の正しい知識のために-. 音楽之友社, 2012, p.157

では、神経リハビリテーションに取り組めば治るのかというと、これは全く人により、完治が保証されるものではありません。

“ジストニアは完治できると言えるにもかかわらず、いまだに絶対確実で申し分ないと証明された治療法は存在しない。”

引用文献 ジャウメ・ロセー・イ・リョベー. どうして弾けなくなるの?-<音楽家のジストニア>の正しい知識のために-. 音楽之友社, 2012, p.150

つまり、脳神経が変化して起きた問題は、脳神経を変化させることによってしか治せないのですが、肝心のどのように変化させれば治るのか?については現代医学では答えが出せないのです。

それなので、ジストニアのリハビリに取り組むのであれば、現代医学が「存在しない」と言う答えを見つけるために、さまざまな情報を自分で調べ、冷静に検証し、忍耐をもって、自分の症状と何年も向き合っていく必要があります。

そして、この問題にわたしは10年以上かけて取り組みました。

わたしは、クラシックギターでイタリアの国立音楽院を卒業し、演奏活動をスタートさせようと模索していた時、2010年5月頃から左手にジストニアを患いましたが、現在は完全に克服しました。

大事なことなので二回書きますが、「大幅に改善した」ではなく、「完全に」ジストニアに特有の弾きにくさがなくなりました。

次は、わたしの完治までのプロセスを演奏動画と共にご紹介いたします。

音楽家のジストニアが治るプロセス

リハビリ期間中、偶然にも同じ曲を撮っていたので、それを時系列に並べてみます。

結論だけ知りたい方や、ギターに明るくない人は、最初と最後の動画だけを見比べれば変化がわかると思います。

Ⅰ.ジストニア発症~9ヶ月ぐらいまで

ジストニア発症直後は、何をしても全く効果がありませんでした。

力を抜こうとしても、脱力うんぬんの次元でなかったです。完全に左手の指が硬直して弾けませんでした。

それから正確に9か月だったかは忘れてしまいましたが、ほんのかすかですが、意志通りに動かすことができるようになりました。

この9ヶ月間は、ギターを弾くことは完全にやめましたが、音楽から完全に離れるのは辛かったので、少しだけピアノを弾いていました。

おそらく、それがリハビリとして功を奏したのだと思います。

指の動きはガクガクブルブルしてる感じです。まるでナマケモノが地面を這ってる時のような感じでした。

しかし、指が反り上がったり、硬直していた時に比べたら、音が出せるだけでも大進歩でした。

これほどまでに症状が変わるのであれば、ジストニアを完全に治すことも可能だと確信し、独自にリハビリ方法を模索し始めました。

なお、この時期の動画は撮っておりません。ギタリストとして希望を失っており、それどころではありませんでした。

Ⅱ.ジストニアから2年半ぐらい

2012年11月20日の演奏動画

当時、すでにジストニアは治ったと思っていた(思いたかった)し、演奏も支障なくできると筈だと思っていましたが、演奏動画を撮ってみると手が思い通りに動かないことがはっきりしました。

ただ単に練習不足だけではなく、確かに自分ではコントロールできない指の緊張を感じて、「やっぱり治ってないのか…?」と落ち込んだことを覚えています。

しかし、ジストニアの症状がひどかった時は最も簡単な音型すら弾けなかったのですから、全く治ってないと断定するわけにもいきません。

嘘も言っていないですし、ごまかしてもいないのですが、治ったとも治ってないとも言えないもどかしい時期が続きました。

なお、医療機関では、この程度まで回復すれば完治と言われてしまうでしょう。

しかし演奏家本人にはわかる症状として、

  • パッセージによってはコントロールが難しく、細心の注意を払わなければ弾けない。
  • 30分以上練習すると、だんだん手のこわばりが強くなるので、長時間の集中的な練習ができない。
  • 速さや強さを求められると、症状が戻ってきてしまうので、不自然な変え指やフォームで対応しなければいけない。

というものが挙げられます。

Ⅲ.ジストニアから4年半ぐらい

2014年10月14日の演奏動画

その後もリハビリを続け、3年半が過ぎた頃には治ったと自信をもって言えるようになりました。

上の動画はそれよりさらに1年経って、4年半が経過した時のものです。

ほとんどの動きにおいて、問題なく動かせるようになってきていて、はっきりと機能が向上しています。

しかし、ギリギリまでパフォーマンスの質を上げようとして、速度を上げると、指が不思議な硬直をし始めました。

まるで見えない壁のようなものを感じ、実際にはまるで治っていないのではないかと疑う時もしばしばありました。

Ⅳ.ジストニアから8年

2018年6月16日の演奏動画

その後も「やっぱり治ってないんじゃないか」というような症状に気付く度に、一つ一つリハビリを考え、訓練を続けてきました。

ここまでくると、どう見てもジストニアは治っています。

しかし、完全に思い通りには弾けていません。弾きにくい運指は避けていたり、スピードを保つために軽めに弾いていたりと、わずかながら指の都合に配慮しています。

Ⅴ.ジストニアから12年

そして現在、ジストニアの症状は完全になくなりました。

つまり、自分の意思に反して筋肉が縮こまったりこわばったりすることは、どんなパッセージを弾いている時でも一切なくなりました。

また近々、証拠としての演奏動画を撮影する予定です!少々お待ちください。

また「脳の指令をいかに体に伝えていくか」を改善するリハビリを続けたおかげで、片手間でやっていたピアノも相当弾けるようになりました。

ギターのテクニックはよくわからないという方も、ピアノ演奏だとわかりやすいかもしれません。

*ピアノ講師の経験がある方はわかると思いますが、大人になってからピアノを始め、ショパンエチュードを弾くレベルに到達するのは普通の方法ではほぼ無理です。

リハビリを進めていく中で、ギターとピアノに加えて、他にもさまざまな知識や経験を得られました。暗中模索が続いた時期は苦しかったですが、今ではジストニアになって良かったとすら思えます。

次項では、完治するまでのわたしの試行錯誤から得た、有効なリハビリ方法についての知識をお伝えします。

なお、わたしはリハビリのプロセスをWebに公開していたので、それを見て訪ねてこられた多くの音楽家に、リハビリのレッスンをしてきました。それらの経験も、私の主張の裏付けになっています。

具体的なリハビリ

前述の通り、最も有効な治療法は神経リハビリテーションであり、神経系の構造および機能の再構築を試みる方法です。

簡単に言うと、新しい神経回路を作る必要があります。

そのための具体的な方法論として、わたしはフェルデンクライス・メソッドを深く学び、それを土台にしてさまざまなアイデアを考えました。

このメソッドは、いろいろな特殊な動きを通じて、神経系全体を作り替えようとするものです。

百聞は一見に如かず。まずは以下の動画レッスンをやってみてください。

あなたにジストニアの症状があり、指の不具合を感じているのであれば、高確率で症状に改善がみられると思います。(声楽家や管楽器奏者、その他の方にはそれほど効果が高くないかもしれません。)

特殊な動きによって、無意識の動作パターンを変化させ、ジストニアから回復していくことができます。

どのような動きを使って神経系を再構築していくかは、症状によって変わります。もちろん楽器を実際に使う方法もあります。

また脳はランダムな情報から学習するようになっているので、同一の方法を繰り返すことだけではリハビリは進みません。さまざまな動きを試していく必要があります。

完治を目指すなら、新しい神経回路をつくるために、自分にどんな動きが必要で、何を再訓練するべきか一つ一つ考えていかねばなりません。

そういう理由で、音楽家のジストニアを治すための処方箋として、特定の動きを文字でお伝えすることは難しいです。

しかし、リハビリを考えるにあたって、踏まえておくべき原則は示すことができます。

リハビリを考える際の原則

具体的なリハビリを考えるにあたっての原則をお伝えしておきます。

1.感覚に頼る。

症状を「完全に」克服するための最も重要な鍵は、自分の感覚です。

脳が構造的に変化しているかどうかを、わたしたちは感覚によって知ることができます。

良い動き、すなわちジストニアが改善する動きは「リラックスしていて、なんか気持ち良い」です。反対に悪い動き、すなわちジストニアが悪化する動きは「力んでいて、なんか気持ち悪い」です。

感覚はとても主観的であいまいなものですが、リハビリを進めるにあたって、ものすごく大切な基準になります。

この点で、音楽家でもなくジストニアにもなっていない専門家は、リハビリをある程度まで助けられたとしても、「感覚」がわかりません。それなので、最終的には、客観的ではあっても表面的な基準で判断するしかなくなります。

完治を目指すなら、自分の外の基準に頼ってはいけません。自分の「感覚」を指標にしましょう。

2.簡単なことにとどまる。

リハビリの動きは、自分にとって簡単でなければいけません。

必ずリラックスして行う必要があります。

理由は、脳の学習法則がそうなっているからで、ストレスや緊張があると感受性が落ち、細かな差を感じ取れなくなり、新しい神経回路を作ることがむずかしくなるからです。

これは有名な科学法則で、ウェーバー・フェヒナーの法則として知られています。

ですから、どんなリハビリを行うにあたっても、必ずスピードを落として、リラックスして、簡単だと感じられる動きをやりましょう。

そうすることで始めて、脳の構造を変えていくことができます。

3.問題の動作から離れる。

2.でお伝えした簡単ではないことの一つの例として、ジストニアの症状がでてしまう動作は、リハビリになりません。

ですから、問題がある動作、つまりジストニアのために困難を感じる動きは練習してはいけません。

この点には多くの音楽家がつまづきます。

今まで徹底した反復練習によって困難を克服してきたと信じ込んでいるからです。

しかし、人間の神経系は単純な反復練習で、動きを習得していません。

たとえば立つためには、その前の時期に、寝返りやハイハイ、すわる動きなどを十分に体験している必要があります。

脳が必要な情報を吸収し、ひとたび準備が整えば、何回かランダムな試行錯誤を繰り返すうちに自然に立てるようになります。

このように、一見関係ない動きをしっかりと習得することで、より高次な動きを習得できるようになるのです。

ジストニアを克服するためには、単純な反復練習では絶対に変えられないことがあることを悟らなければいけません。

冷静に自分の記憶を思い返したり、現代のトッププレイヤーたちを観察すれば、本当はそれに気付けるはずです。

しかし、多くの人がこの事実を受け入れることができません。

4.人間の体は全てつながっている。

人間の体は有機体です。

有機体とは、「生き物」を意味する言葉で、「多くの構成要素からなり、それらが互いに関連し依存しあうことで成り立っている組織」を指します。

「一体、生命とは何か」という問いにもつながるので、深い議論はできませんが、ここで重要なのは「人間の体は、それぞれの器官がお互いに関係しあって、常に影響を与え合っている」ということです。

例えば、その場で右手を天井にまっすぐ伸ばしてみましょう。

腕を上げる行為は、腕だけの動きではなく、目線、首、胸、肋骨、腰、足の動きに大きく影響されます。それが感じられるでしょうか?

次は、拳を握って右手を天井に伸ばしてみてください。

先ほどと同じように伸びましたか?手を握っただけなのに、少し上がりにくくなりませんか?

全体が部分に影響し、部分が全体に影響しています。

そんなわけで、ジストニアを完治させるために、問題があると思われる器官だけに注目してはいけません。全体から変えていく必要があります。

特に、指に症状がある人は、まず肩の動きに注目してください。

まず間違いなく肩の動きが悪くなっているはずなので、肩甲骨の可動域を回復する動きを試してみましょう。

さいごに

前述したとおり、ジストニアの完治は望みうるものとは言え、本当にそこまで到達するのはたいへんな道のりです。

自分の症状に根気よく向き合って、さまざまな知識を学び、常識を疑い、事実だけを並べて、一歩ずつ前進していく作業です。

しかし、その到達点はすばらしい景色です。

わたしは音楽家としてのキャリア形成に大切な、青年時代のほとんどをジストニア克服に費やしてしまいました。

しかし、今ではそれを肯定できています。

そして青年時代が過ぎ去ろうとしている今も、少年のころに抱いた自分の夢を追いかけ続けられています。

音楽家のジストニアを患い、それを克服する経験がなかったなら、おそらくその夢はもう捨てていたでしょう。

今現在、音楽家のジストニアと闘っておられる全ての方に心からのエールを送ります。

この記事を読んだ方にとって、わたしの体験が少しでも参考になればたいへん嬉しいです。

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